末野遺跡
末野遺跡と須恵器のはなし
 寄居町のあけぼのは、発見された遺跡から3万年前の旧石器時代までさかのぼると考えられます。当時の日本列島は大陸と陸続きで、オオツノシカ、マンモス、ナウマンゾウ等の大型獣も生息していました。寄居町域に最初に住み着いた人々は、これらの獲物を狩るハンターとその家族だったのでしょう。

■局部磨製石斧(末野遺跡出土)
末野(すえの)遺跡は、約3万年前にまでさかのぼる埼玉県でも最古の旧石器時代の遺跡です。この遺跡から、写真のような局部磨製石斧が発見されました。旧石器時代の人々は土器を作ることを知らず、このような石の道具を使って山野で狩りをして暮らしていたのです。(資料提供:埼玉県立埋蔵文化財センター)

 「末野」という地名の起こりは、「須恵器(すえき)を焼いたところ」から来ていると思われます。地名からもいかに大きな窯跡群であったかが想像できます。生産の開始は6世紀後半と思われますが、大きく発展していったのは8世紀後半から。国分寺の造営にあたって瓦を多量に焼くために多くの工人が末野に集まり、須恵器の生産も盛んになったのです。

■須恵器(中小前田古墳群出土)
須恵器は5世紀の中頃、大陸からの職人によって伝えられました。ロクロd作られ、登窯を使って1000度以上の還元炎で焼かれました。写真の中小前田古墳群から出土した須恵器は、7世紀前後のものと考えられています。



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資料提供協力:寄居町
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