鉢形城のはなし
北条氏邦は、長尾景虎(上杉謙信)や武田晴信(信玄)と戦いながら領土を広げ、北条家の北武蔵から西上州進出の中核的勢力となりました。最盛期には、沼田城(現群馬県沼田市)や箕輪城(現箕郷町)をも入手するなど広大な領土を支配していました。また軍事力の編成、農民統制、殖産興業による文国経済の発展などにも力を注いだ知将でした。

■北条氏邦象印印影
戦国大名は、領国を支配するために印判状を発給。氏邦は「翕邦ゆう福」という印判を使用しています。これは「邦をあつめて福をとる」という意味で、氏邦がいかに鉢形領の支配、経営に熱心であったかがわかります。この印判には上部に象と思われる獣がすえられているので、「象印」とも言われています。

■鉢形城絵図
鉢形城は、漆桶万里(通称・万里九集)が「鉢形城は鳥も窺い難し」と述懐するほど要害堅固な城郭でした。さらに、氏邦は諸郭の整備を行い、現在残されているような大規模な城郭に修復したのです。本丸を取りまいて二の丸、三の丸、諏訪曲輪、秩父曲輪、逸見曲輪、大光寺曲輪、笹曲輪等があり、各曲輪は土塁と堀で区画されていました。

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資料提供協力:寄居町
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